元公務員の転職後の日々

心の安定を求めてもがく人の雑記ブログです。

アドラーさんに嫌われる生き方やめたい

私は今転職して、生まれた地を離れ、働いている。

転職するときに自分の経歴や長所や、アピールできる点を見直した。

その結果、自分の長所として考えついたのが、「人から嫌われないところ」だった。

特別に好かれもしないけれど、嫌われもしない。自分は今までにたくさんの飲み会の幹事役をやって、いろいろなコミュニティーに所属しては取りまとめ役をやって、職業もバラバラ、年齢もバラバラな集団の中でも生き抜いてきた。だからそこから何か成長した、身につけたんだ、と思わないとやっていられなかった。

 実際に今の職場の面接では「私の長所は人から嫌われないことです」と伝えて内定をもらった。しかしだからといって、その生き方は正しいのだろうか。最近そう思うようになってきた。というか間違っている。確かに多くの集団のなかで、いろいろな事を任される立場にあったけれども、それは私が「便利だから」だろう。いや、もちろんそれだけじゃなくて、「責任もってやってくれそうだから」とか、他の理由もあるだろうけど、あると信じたいけれども、文句を言わずに引き受けてくれるから、つまり頼みやすかったから、という部分があることは事実だろう。

私は人から嫌われなくなったけれども、集団の中にいて、活動をしていて、「楽しい」と思えることが無くなった。取りまとめ役や幹事役をしている時は自分の時間か、または自分のお金、何かしらの自己犠牲をしていることが多かった。それに、決してトップになることは無かった。いつも組織のトップの人を補佐する役目で、その人のために動いていた。

 

アドラー心理学を最近になって読んだのだが、その本にこんなことが書かれている。

他者からの承認を求め、他者からの評価ばかりを気にしていると、最終的には他者の人生を生きることになります。

「嫌われる勇気」(岸見一郎・古賀史健 ダイヤモンド社)135ページ

 

 今、私は転職して知り合いがいない所で働き始めたが、上司や同僚に「人から嫌われない」長所を発揮して関係を構築したところ、またつらい状況に追い込まれているし、あまり良い関係を築けたとは言えない。他人はこちらの状況、生活、能力をすべて把握できるわけなんてなく、こちらも他者の要望をすべて満たすことなんでできない。それが理解できていないまま過度に気を遣って、仕事を引き受けたからそうなったのだと思う。

 

転職して気づかされた、人から嫌われる必要性。人間関係って難しいですね。この問題に対して逃げるだけでなく、立ち向かえるようになりたいと思います。